
今年の初物が要約到着しました。
うにおむれつ。うにやきおにぎり、等再開できます。
この時期大潮の時、地元のおばちゃんたちが、苦労して取ってきた
紫うに、取れる量が少ないのでいつ頃まで有るか、分かりません、
品切れの時はあしがらず。
前回、人との出会いを書いたくらいから、
凄い出会い、再開が有りました。
1. にょうぼが10歳の頃、家の目の前が夕景浜と言う海岸線の所で、
この当時、伊豆七島ブームの少しくらい前の事です。
この、海岸で夏の間キャンプした、お兄ちゃん達が居て、
時には、実家で風呂は入ったり、夕食、食べたりだったそうです。
親父と生前夕景浜の奥に釣りに行ったとき、あの時の、若い衆達は、
今、何してるの かな?そんな、話し聞いた事が有りました。
つい数日前、お客様から、
お客 三宅島なんだってね、そうですよ。
にょうぼ 実家は、阿古です。
お客 阿古の何処、
にようぼ 夕景浜の所ですよ。
お客 私が若かりし頃夕景浜で、1ヶ月位キャンプしてた事が有る。
にようぼ え〜。ひよっとして、あの時のお兄ちゃん?
お客 え〜、あの時10歳くらいの女の子。
40年ぶりの再会。
お互いに驚きながら会話してました。
良く聞いたら、5歳くらい上の方で、当時高1年だったそうです。
にょうぼの、おやじと、おふくろ様には、あの時本当にお世話に成りました。
との事でした。
現在ドイツで、すし屋を経営されてるそうで、また、来年来ます。との事でした。
。

長瀞の町並みです。
土曜日の雪にはびくびくでした。

射撃場まで。
朝射撃場に確認して、何とか大丈夫そうなので、出発。
練馬あたりが一番雪が残ってました。
長瀞は山の方だから、いっぱい残ってるかと思いきや、余り降ってなかったようです。
もう少しで、銃の一斉検査が有り、今までは此方から警察署に持って行き検査受けてましたが、今年から、自宅まで検査官が確認に、来る事に成りました。
我が田舎、佐世保で重大事件が起こったり、事件、事故が最近多すぎです。
十分気をつけてもらいたいものです。
善良な私達も、最近は白い目で見られる事が有ります。
私はもう25年持ってるのですが。
ライフル持つ時、私の身元調査の資料が10cm位のバインダーにファイルして有り、
警官に、そんなに調べつくしたの? そうです。
いろんな、角度から調べさせていただきました。
それって、私の過去すべて調べ上げたのね。
許可を出す側からしてみれば一項目でも該当する事が有ったら、許可は出せまん。
そこまで、調べ上げられて、許可がでました。
それって、一番安全な人間じゃん。
最初100m

10発中10は、黒丸の中に。
150m

10発中2発黒丸の中、白い円の中6発、2発標的にも、痕跡なし、どこかに。
まだまだ、だめですね。
21発撃ったのですが、限界、骨が砕けそう。少し赤くはれ上がり、もうだめ。
と、言うことで、帰路へ。

ちょうど、帰った時(ちょっとぼけてますが、)高層ビルの間に富士山
品川プリンスのちょど上の所に富士山が、、、、ベランダから、たまに見えてます。
。
1月19日 19年度の新人戦が、有りました。
結果は、男子 3位
女子 8位 でした。
5〜6年前先生が
私はいつも表彰の壇上に居るのですが、中々子供達が上がってきてくれません。
しかし、息子の3年のインターハイ予選の時要約3位に成り、親としては嬉しい出来事で
きっと、先生も嬉しかったのかと思いますが、子供達には、まだ、上に行けたのに、
どうして、気を抜いたのか。と、怒られたそうです。
何年かぶりで表彰でした。
(先生は高体連の剣道の大会委員長なので、表彰する立場です。)
その後、3年位ふるえず、去年は、男子8位女子ふるえない。
昨年から、要約男女ともじょじょに上向きになって来ました。
今回の試合振りは
男子 強豪高をやぶり、準決勝でやぶれ、負けましたが、内容の濃い試合だったので
これから、一番上が、決して高いハードルでは無いと感じました。
女子 8位決めの試合で強豪高優勝チーム、と当たり取られたのは1本だけ。
娘が大将やってるので、親としては、1本取り返せ。。。。
そしたら、引き分け、代表戦に、持ち込める。などなど、考えながら観戦してまし たが、取れず引き分けで、結果1本負けでした。
そのチームが決勝戦の時は、相手よりダントツの勝利。
これって、女子も一番上も、ほど遠い話しでは無いなと感じました。
これから、夏まで、頑張ってもらいたいものです。
今回が先生の会長職の最後の行事で有り、最後の最後で男子3位女子8位
8位までは敢闘賞を、もれえるので、男女とも、表彰台に上れたので、
本当に嬉しかったのではないでしょうか。
毎日時間に追いまくられてて、ブログ更新出来ませんでした。
。
結果は、男子 3位
女子 8位 でした。
5〜6年前先生が
私はいつも表彰の壇上に居るのですが、中々子供達が上がってきてくれません。
しかし、息子の3年のインターハイ予選の時要約3位に成り、親としては嬉しい出来事で
きっと、先生も嬉しかったのかと思いますが、子供達には、まだ、上に行けたのに、
どうして、気を抜いたのか。と、怒られたそうです。
何年かぶりで表彰でした。
(先生は高体連の剣道の大会委員長なので、表彰する立場です。)
その後、3年位ふるえず、去年は、男子8位女子ふるえない。
昨年から、要約男女ともじょじょに上向きになって来ました。
今回の試合振りは
男子 強豪高をやぶり、準決勝でやぶれ、負けましたが、内容の濃い試合だったので
これから、一番上が、決して高いハードルでは無いと感じました。
女子 8位決めの試合で強豪高優勝チーム、と当たり取られたのは1本だけ。
娘が大将やってるので、親としては、1本取り返せ。。。。
そしたら、引き分け、代表戦に、持ち込める。などなど、考えながら観戦してまし たが、取れず引き分けで、結果1本負けでした。
そのチームが決勝戦の時は、相手よりダントツの勝利。
これって、女子も一番上も、ほど遠い話しでは無いなと感じました。
これから、夏まで、頑張ってもらいたいものです。
今回が先生の会長職の最後の行事で有り、最後の最後で男子3位女子8位
8位までは敢闘賞を、もれえるので、男女とも、表彰台に上れたので、
本当に嬉しかったのではないでしょうか。
毎日時間に追いまくられてて、ブログ更新出来ませんでした。
。
年齢的には20歳から23歳までの3学年と、この子供たちの小学、中学の先生方総勢38名
この中に10人位が、私が剣道教えてた子供達がいて、噴火非難より8年ぶりに皆と会った時
最初は分からない状態でしたが、よく見ると子供の頃の面影がのこってて、あ〜。だれだれ、
子供の成長が余りにも早すぎ。皆良い感じで青年に成長してました。
その中でもちょっと気に成っていた子供が居て、その子が中1年の時衝撃的な出来事が有り
かたんな年頃を乗り越え、りっぱな青年に成ってたので一安心。
この子達とのつながりは息子が20歳なのでつまり、同級生、1学年上、2学年上の子達で
保育園から、行事が有るたびに参加しているので、みんな、保育園時代から知ってる子供達です。各学年平均すると10人位なので当然のように皆知っています。
息子が保育園の年長の時地域でやってた剣道をやりたいと言い出し、よし、じゃー見学に
行こう。3回くらい見に行ったら、息子がやるのではなく、私がやり出した感じです。
その時、三宅には5部落あり、坪田チームは一番弱少チームで他のチームから、
坪田の子と当たれば1勝出来ると言われる位のチームでした。
しかし、2年後最強チームに成り、目黒区民祭でも優勝する事が出来るように成ったのには
私も驚きでした。
チームを引き受けたとき、子供達の目が死んでる。どうしてだろう。考える事半年、
子供達がいやいやながらでも、親に入って来なさい。と言われ、しぶしぶ出てくるから、
私からまで、怒られながら、、、、、
遅刻者多し。 ある時から、遊びを取り入れながらやりだしたら、遅刻者0に、最初の
30分位ドッチボールやったりし、体を温めてから、1時間蒙稽古でも、子供達の目が
死ぬ事は有りませんでした。
気ずいた事は、やる気をもってやれば子供達でも出来る。ことです。
そう言えば此処では剣道の話しをしましたが、息子より4歳下の坪田地区の子供が
国士舘高校に行き高校生日本一(柔道)に成ってる子も居ます。

こんな感じで時間が流れました。
。
この中に10人位が、私が剣道教えてた子供達がいて、噴火非難より8年ぶりに皆と会った時
最初は分からない状態でしたが、よく見ると子供の頃の面影がのこってて、あ〜。だれだれ、
子供の成長が余りにも早すぎ。皆良い感じで青年に成長してました。
その中でもちょっと気に成っていた子供が居て、その子が中1年の時衝撃的な出来事が有り
かたんな年頃を乗り越え、りっぱな青年に成ってたので一安心。
この子達とのつながりは息子が20歳なのでつまり、同級生、1学年上、2学年上の子達で
保育園から、行事が有るたびに参加しているので、みんな、保育園時代から知ってる子供達です。各学年平均すると10人位なので当然のように皆知っています。
息子が保育園の年長の時地域でやってた剣道をやりたいと言い出し、よし、じゃー見学に
行こう。3回くらい見に行ったら、息子がやるのではなく、私がやり出した感じです。
その時、三宅には5部落あり、坪田チームは一番弱少チームで他のチームから、
坪田の子と当たれば1勝出来ると言われる位のチームでした。
しかし、2年後最強チームに成り、目黒区民祭でも優勝する事が出来るように成ったのには
私も驚きでした。
チームを引き受けたとき、子供達の目が死んでる。どうしてだろう。考える事半年、
子供達がいやいやながらでも、親に入って来なさい。と言われ、しぶしぶ出てくるから、
私からまで、怒られながら、、、、、
遅刻者多し。 ある時から、遊びを取り入れながらやりだしたら、遅刻者0に、最初の
30分位ドッチボールやったりし、体を温めてから、1時間蒙稽古でも、子供達の目が
死ぬ事は有りませんでした。
気ずいた事は、やる気をもってやれば子供達でも出来る。ことです。
そう言えば此処では剣道の話しをしましたが、息子より4歳下の坪田地区の子供が
国士舘高校に行き高校生日本一(柔道)に成ってる子も居ます。

こんな感じで時間が流れました。
。







